プラユキさんお話会
2012年 05月 25日
今年2月に、お知り合いから紹介されて読んだこちらの本。

とても心にしみいる、いい本だったので、記事にしてご紹介しました。
苦しまなくていいんだよ 1・くるしまなくていいんだよ 2
この本の作者のプラユキさんのお話会が、すぐ近くのイベントスペースで開催されるという情報を件のお知り合いから教えていただき、昨晩参加してきました。
※プラユキさんは、24年前にタイで出家され、現在いらっしゃるスカトー寺(バンコクから北東へ350キロも離れた、奥深い森の中にあるお寺)には、はるばる日本から多くの方がプラユキさんとの「対話」を求めてやってくるそうです。私の購入した本以外にも何冊ものご著書があります。
生プラユキさんです。なんでしょう?俗世とちがう空間に存在してらっしゃる感じがしました。
ミーハーなんですが、とってもよかった本なので、一言メッセージを書いていただこうと会場に持参して、お話会の最後にお願いしました。
「お名前なんておっしゃるの?」と聞いてくださり名前も入れていただきました。

お話のテーマは、「夢と仏教」 (寝てみる夢の方です。)
プラユキさんは、悩める人たちの対話の中に仏教の教えをベースとしながらも、心理療法のテクニックも取り入れていらっしゃいます。多くの方と接していく中で、「夢」というものはかなりわかりやすく心理状態を移す鏡だということに気づかれ、それからは「夢」ワークを対話の主軸のひとつに加えられているということ。
お話の内容がうまくまとめられないので、紹介するのは難しく、私のこのごろの学びと絡めた感想文のようになってしまうのですが、シェアさせていただきます。
「夢」のお話をされながら、それは人生全般のお話になっており、「すべての夢を吉夢に」というサブタイトルがついていたのですが、「すべて自分に起こる出来事は、祝福にできる」ということだと解釈しました。
夢の中に出てくる登場人物、環境、アイテム、状態がすべて自分自身という解釈で、夢の中の自分自身が、自覚している自分のパーソナリティであり、ほかの登場人物は自分の一部。なので、どんな登場人物であっても敬い仲良くすることが結局は自分を敬い大切にすることにつながる。というお話。
これが、最近ご縁があって、少し学んだセラピーのテーマと全く合致(このセラピーでは、夢ではなく現実の世界そのものが360度自分自身の反映だとしている。)していたのがとても興味深かったです。
夢の解釈にも
「よき縁に触れ(善友)、よき縁となし(智慧)、よき縁となる(慈悲)」
という仏教の教えにを当てはめてされいてる、ということでした。
少し脱線したお話のなかで、記憶に残っているのが、男性と女性の記憶の違い。男性は例えばディズにーランドに行ったという事実があると、それは「ディズニーランド」というフォルダーに格納されるのみなのが、女性の場合「ディズニーランド」のほかに「楽しかった」という感情のフォルダーにもに記憶される。これが「楽しい」というキーワードの場合は問題ないのだが、「悲しかった」「腹がたった」ということでも同様の記憶をしているので、ひとたび「悲しい」ことが起きると「あのときも、あ、このときも!!」と一気にフォルダー内からたくさんの記憶を引き出してしまい、パートナーとのケンカになった場合など、「あのときも、そうだこのときもそうだった。ギャー!!」となってしまう。(かなり耳が痛い話です。)「ただ単に違うということなんですよ」と。
いままでも何回か聞いたことはある内容でしたが、プラユキさんの語り口で言われると素直に「なるほど、そうだよね。」と思えます。フォルダーという表現を使われたのも、とてもわかりやすい。たしかに、私なんて地図全然読めないんですから、お互い様と言えばお互い様。
様々な心理療法テクニックを学ばれているので、お話野表現が、「お坊さん」というより「カウンセラー」という感じで、現在の社会生活に即していて具体的。そこに穏やかな語り口でこの風貌でいらっしゃるので、より納得。結局人というものは、誰からでも学べるはずなのに、「自分が認めた人の言葉じゃなきゃいや。」「内容は納得だけど、この人の言うことはきかない。」なんてことをやっているんでしょうね。上述の「よき縁に触れ」というのは、自分にとって都合のよい縁だけを求めるという意味ではなく、いただいたご縁をみな「よき縁」と見なす、ということのようです。(また耳が痛い。)
今月は、かなりの勢いで、「講演会」を聞きにいったり、各種セラピーの「体験会」「モニター」に参加させていただいたり・・・で、いろいろな情報受け取りすぎて、消化不良気味だったところに、昨日のお話会。そこで、いただいた一言。はい、『今ここ』をもっと大切にします。
エズの目の前は幼稚園なのですが、「今ここ」をまっすぐ生きていることにかけては、「師」である園児たちが 今日もかなりお元気です。
いい機会をいただきました。もう一度本を読み返してみたいと思います。
**********************

初めて割引きご提供しております。
是非ご利用ください。

とても心にしみいる、いい本だったので、記事にしてご紹介しました。
苦しまなくていいんだよ 1・くるしまなくていいんだよ 2
この本の作者のプラユキさんのお話会が、すぐ近くのイベントスペースで開催されるという情報を件のお知り合いから教えていただき、昨晩参加してきました。
※プラユキさんは、24年前にタイで出家され、現在いらっしゃるスカトー寺(バンコクから北東へ350キロも離れた、奥深い森の中にあるお寺)には、はるばる日本から多くの方がプラユキさんとの「対話」を求めてやってくるそうです。私の購入した本以外にも何冊ものご著書があります。
生プラユキさんです。なんでしょう?俗世とちがう空間に存在してらっしゃる感じがしました。

ミーハーなんですが、とってもよかった本なので、一言メッセージを書いていただこうと会場に持参して、お話会の最後にお願いしました。
「お名前なんておっしゃるの?」と聞いてくださり名前も入れていただきました。

お話のテーマは、「夢と仏教」 (寝てみる夢の方です。)
プラユキさんは、悩める人たちの対話の中に仏教の教えをベースとしながらも、心理療法のテクニックも取り入れていらっしゃいます。多くの方と接していく中で、「夢」というものはかなりわかりやすく心理状態を移す鏡だということに気づかれ、それからは「夢」ワークを対話の主軸のひとつに加えられているということ。
お話の内容がうまくまとめられないので、紹介するのは難しく、私のこのごろの学びと絡めた感想文のようになってしまうのですが、シェアさせていただきます。
「夢」のお話をされながら、それは人生全般のお話になっており、「すべての夢を吉夢に」というサブタイトルがついていたのですが、「すべて自分に起こる出来事は、祝福にできる」ということだと解釈しました。
夢の中に出てくる登場人物、環境、アイテム、状態がすべて自分自身という解釈で、夢の中の自分自身が、自覚している自分のパーソナリティであり、ほかの登場人物は自分の一部。なので、どんな登場人物であっても敬い仲良くすることが結局は自分を敬い大切にすることにつながる。というお話。
これが、最近ご縁があって、少し学んだセラピーのテーマと全く合致(このセラピーでは、夢ではなく現実の世界そのものが360度自分自身の反映だとしている。)していたのがとても興味深かったです。
夢の解釈にも
「よき縁に触れ(善友)、よき縁となし(智慧)、よき縁となる(慈悲)」
という仏教の教えにを当てはめてされいてる、ということでした。
少し脱線したお話のなかで、記憶に残っているのが、男性と女性の記憶の違い。男性は例えばディズにーランドに行ったという事実があると、それは「ディズニーランド」というフォルダーに格納されるのみなのが、女性の場合「ディズニーランド」のほかに「楽しかった」という感情のフォルダーにもに記憶される。これが「楽しい」というキーワードの場合は問題ないのだが、「悲しかった」「腹がたった」ということでも同様の記憶をしているので、ひとたび「悲しい」ことが起きると「あのときも、あ、このときも!!」と一気にフォルダー内からたくさんの記憶を引き出してしまい、パートナーとのケンカになった場合など、「あのときも、そうだこのときもそうだった。ギャー!!」となってしまう。(かなり耳が痛い話です。)「ただ単に違うということなんですよ」と。
いままでも何回か聞いたことはある内容でしたが、プラユキさんの語り口で言われると素直に「なるほど、そうだよね。」と思えます。フォルダーという表現を使われたのも、とてもわかりやすい。たしかに、私なんて地図全然読めないんですから、お互い様と言えばお互い様。
様々な心理療法テクニックを学ばれているので、お話野表現が、「お坊さん」というより「カウンセラー」という感じで、現在の社会生活に即していて具体的。そこに穏やかな語り口でこの風貌でいらっしゃるので、より納得。結局人というものは、誰からでも学べるはずなのに、「自分が認めた人の言葉じゃなきゃいや。」「内容は納得だけど、この人の言うことはきかない。」なんてことをやっているんでしょうね。上述の「よき縁に触れ」というのは、自分にとって都合のよい縁だけを求めるという意味ではなく、いただいたご縁をみな「よき縁」と見なす、ということのようです。(また耳が痛い。)
今月は、かなりの勢いで、「講演会」を聞きにいったり、各種セラピーの「体験会」「モニター」に参加させていただいたり・・・で、いろいろな情報受け取りすぎて、消化不良気味だったところに、昨日のお話会。そこで、いただいた一言。はい、『今ここ』をもっと大切にします。
エズの目の前は幼稚園なのですが、「今ここ」をまっすぐ生きていることにかけては、「師」である園児たちが 今日もかなりお元気です。
いい機会をいただきました。もう一度本を読み返してみたいと思います。
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是非ご利用ください。
# by aromaeze | 2012-05-25 13:30 | 日々の話 | Trackback | Comments(0)





















